2014年06月22日

開かれた言葉と閉じられた言葉

自分の過去ログ「言葉の箱」を読み返して思った。
最近、自分の文章の質が低下している。
他にやらなければならならないこと、考えることがあり、なかなかブログの文章を練ることができない。
以前よりブログへの熱が失われているのも事実だ。
「言葉の箱」の中で書いたように、私の中で言葉は二種類ある。
その一つである「開かれた言葉」をブログに書いてきた。
自分なりの「開かれた言葉」が、他の人にどう受け止められるのか見てみたいと思って
ブログを始めた。
だが、それを書くあまり、もう一つの「閉じられた言葉」を書かなくなってしまった。
ブログ以外で今やっている作業も「開かれた言葉」が求められる。
読み手を必要とするものは、常に「開かれた言葉」が求められる。
それでいいのだろうか?

原点に戻ろう。
そもそも言葉とはなんだろう。
人と意思疎通をはかる手段である。
相手に伝わらない言葉では意味をなさない。
それが私の考える「開かれた言葉」。
だが、もう一つ、言葉には、読み手を必要としない言葉がある。
自分の内なる言葉。
それが「閉じられた言葉」。

エミリー・ディキンソンは、「閉じられた言葉」を独り紡ぎ続けた。
あたかも、屋根裏部屋で蜘蛛が人知れず糸を紡ぐように。
人の理解を求めなかった彼女の言葉を、今、人は理解しようと試みる。
彼女の「閉じられた言葉」の中に、自らの「閉じられた言葉」を重ねる人もいる。
それゆえ、彼女の言葉は色褪せない。

ネット社会の中で、幾多の言葉が飛び交う現代。
どこを見ても文字が溢れている。
人々から吐き出された言葉たちが迷走し、生き残ろうと必死に足掻いている。
生まれてはすぐに消えていく泡沫の言葉たち。

「開かれた言葉」と「閉じられた言葉」。
その狭間で、私の言葉は揺れている。



posted by ひつじ at 17:44| Comment(2) | TrackBack(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ひつじさん、お久しぶりです^^
いつも拝見してますよ^^

開かれた言葉、閉ざされた言葉、
よくわかります^^

私などは圧倒的に閉ざされた言葉ばかり綴ってますが
どちらにせよ、とても力が要りますよね
わかりやすく開かれた言葉を紡ぐことも、
閉ざさた言葉を紡ぐことも
溢れる情報の波にのまれない言葉には力が要る気がします
突き刺すような、深い海に潜るような、

大変ですけど、どちらの言葉にせよ
いつも、妥協をしない「ひつじさんの言葉」を楽しみにしています^^
Posted by エル at 2014年06月23日 18:30
エルさん、こんにちは!
コメントありがとうございます。

滅多に更新しないこんなブログをまだ読みにきてくださっていたなんて...感謝の言葉もみつかりません。

私もエルさんのブログを拝読させていただいています(*^_^*)
エルさんの文章は透明感があって、どこか切なくて、心の奥に染み込みます。
文章に添えられた写真もいつも素敵だなと思っています。

エルさんのおっしゃるように、言葉を紡ぐのは
力が要りますね。
エルさんの言葉に力を得て、細く長く続けていきたいな〜と思いました。
また思い出したら遊びにいらしてくださいね( ^^) _旦~~



Posted by ひつじ at 2014年06月24日 22:43
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