2013年10月09日

美術展紀行〜「トスカーナと近代絵画展」〜

「トスカーナと近代絵画」展
2013年9月7日〜11月10日/損保ジャパン東郷青児美術館

上野で人気のミケランジェロ展に隠れて、マイナーなイタリア美術の展覧会に行ってきました。
マイナーなので開催していることすら知らなかったのですが、たまたまこの美術展のチラシを見つけて「おぉ〜」と思い、行くことに。
しかも、お客様感謝デー無料観覧日という、貧乏人にはとても有難い日を設けてくれたので、その日に行ってきました。
入場料が無料だったので、奮発して図録を買いました。画像はそこから。
この美術展のイタリア語のタイトルは”Arte italiana di Otto e Novecento da Palazzo Pitti a Firenze”(フィレンツェのピッティ宮殿より1800年代と1900年代のイタリア美術)となっています。そうです、ピッティ宮の近代美術館から作品が来日するのです。

ピッティ宮殿と言えば、誰しも訪れるのがパラティーナ美術館。
ラファエロを始め、リッピ、ファン・ダイク、ティツィアーノ、ヴェロネーゼ、ティントレット、デル・サルト、カラヴァッジョ、ジェンティレスキなど巨匠の名画が綺羅星の如く陳列された宝箱。
みんな、そこで「おぉ〜」と圧倒されて、圧倒されたまま満足げに美術館を後にする。
たまに、余裕のある人は、「え?上の階にも美術館があるの?」と足を運びますが、少なくとも、私が聞いた限り、「近代美術館・・・行ったけど、ほとんど覚えていないなぁ。とにかく、パラティーナ美術館の作品に圧倒されて」という答えが殆ど。
イタリア美術専門の人に話しても、「ラファエロだのダ・ヴィンチだの前任者たちが偉大すぎるから、そっちは地味というか印象に残らないというか・・・」という返答。

もともとマイノリティー派の私だから興味を惹かれるのか?とも思いますが、ルネサンスでもなく現代アートでもない、イタリア近代の美術にも珠玉の作品はある。
イタリア近代美術で大きな役割を果たしたのが、マッキアイオーリと呼ばれるグループ。
2010年に東京都庭園美術館がマッキアイオーリ展を開催しました。
(マッキアイオーリについては、そのときのblogをご参照ください。)
そのときから気になっていたので、ピッティを訪れたときは、パラティーナの作品群に圧倒されつつも、忘れず近代美術館にも足をのばしました。
パラティーナとはうってかわった人けの少なさにホッとし、圧倒されるような名画の数々ではなく、トスカーナの自然や庶民の生活を描いた作品に、詰め込み過ぎた荷を下ろして一休みする心地でした。

前フリが長くなりすぎましたが、美術展の感想へ。
今回は、美術展の分類通りに。


●1章 トスカーナのロマン主義絵画にみる歴史と同時代性

○「ルイージ・カラファ・ディ・ノハ准尉の肖像」
ヴィンチェンツォ・カムッチーニの帰属作品
DSCN6705 (480x640).jpg
セピア調の暗い画面に軍服を着て口髭を湛えた男性が威厳のある風貌で描かれています。
脇の説明書きには「ダヴィッド様式」と書かれていましたが、なるほどこの准尉の威厳はダヴィッドの作風に似ています。

私が注目したのは、絵より額縁。(最近、作品より額縁に目がいってしまう・・・)
外端より、リーフ&ベリー、リボン&スティック、スコティアがあって、内端はタングー&ダーツの彫りの額縁。准尉を飾るにふさわしい立派な額縁でした。

○「チマブーエとジョット」
ガエターノ・サバテッリ
DSCN6706 (640x480).jpg
羊飼いであったジョットが描く羊の絵を、たまたま通りかかったチマブーエが見て、ジョット少年の才能を見抜き、連れ帰って絵を学ばせたという有名なエピソードを絵にしたもの。やがてジョットは師チマブーエを超える画家となります。

青空の元、トスカーナの長閑な田舎町を背景に、石に羊の絵を描くジョット少年と馬に寄りかかりそれを眺めるチマブーエ。チマブーエの白い服装と馬にかけた赤いマント、ジョットの白い服と赤い腰巻きが対をなしていて、将来の師弟関係を暗示させるようです。

額縁は、外端からリーフ&ベリー、スコティア、縄(?)装飾、タングー・パターン。

○「ピーア・デ・トロメイの墓にきたネッロ」
エンリコ・ポッラストリーニ
DSCN6707 (640x480).jpg
これは、実在のカップルの悲劇を描いた作品と、脇の解説に書いてありました。
実際の悲劇が起きた1260年当時、イタリアは、ローマ教皇を支持する教皇派グエルフィと神聖ローマ皇帝を支持する皇帝派ギベリーニに分かれ、各地で熾烈な争いを繰り広げていました。フィレンツェでも街を二分する死闘が繰り広げられました。

この物語を検索したところ、簡単な説明を見つけました。
ギベリーニ派のネッロは、党派間の争いの解決を願って、妻をグエルフィ派のトロメイ家からもらう。しかし、二つの党の争いは収まることなく、誤解からネッロは妻ピーアを牢屋に閉じ込める。やがて誤解が解け、ネッロは戦地から妻の元へ急ぐが、時すでに遅く、牢屋番に渡された毒を飲んだ妻は死んでしまう。
先日、バレエblogでも書いた「ロミオとジュリエット」もこの教皇派と皇帝派の一族の争いが下地になっているそう。
党派間の争いに巻き込まれたカップルの悲劇は、イタリア各地で実際にあったことなのかもしれません。

土に埋められる妻は潔白の証明であるかのような白い死装束を纏い十字架を手に青ざめた顔。そこへ駆けつけた夫は、妻の変わり果てた姿に目をむいて抱き着こうとしますが、修道僧と男性に引き留められています。
脇では、家族なのでしょうか、女性たちが二人悲しみに打ちひしがれています。墓彫り人も、悲劇を目の当たりに神妙な面持ちで佇んでいます。
一瞬の場面をドラマティックに描いた作品。

額縁は、ビーズ&リード、ガドルーン(反りひだ彫り)のリバース額。

○「シニョーリア広場の眺め」
ジュゼッペ・カネッラ
DSCN6708 (640x480).jpg
人々の生活や服装が全く変わっても、数百年の時を超えて変わらないものがあるのが、ヨーロッパ。
1850年に描かれたシニョーリア広場にある建物や彫刻群は、今も同じ姿を見ることができるのです。
夕日を受けて堂々と佇むのはヴェッキオ宮。ヴェッキオ宮の前には、アンマナーティの「ネプチューンの噴水」、ミケランジェロの「ダヴィデ」、バンデネッリの「ヘラクレスとカクス」があり、ロッジア・ディ・ランツィには、見えづらいけど、チェリーニのブロンズ「ペルセウス」とジャンボローニャの「サビニの女の略奪」があります。
広場には、ジャンボローニャの「コジモ1世の騎馬像」もあります。
これらの作品群が、長年の風雨にさらされつつも、フィレンツェという街の歴史の一部となって現代までその場所に佇んでいることに、感慨深い思いがします。

○「サンタ・トリニタ橋付近のアルノ川」
アントニオ・フォンタネージ
DSCN6709 (640x480).jpg
夕陽の残照を映した空、それを映すアルノ川。岸に迫り出すような高い建物。川岸には船着き場があり、船頭と乗客を乗せた舟がシルエットとなって川面に浮かび上がっています。
これまた、往時の景色を今も見ることができます。
ヴェッキオ橋はすごい人ごみなので、フィレンツェに滞在している間は、ヴェッキオ橋を避け、サンタ・トリニタ橋からオルト・ラルノに渡ったものです。その時のことを思い出させてくれました。

額縁は、ガドルーンとビーズ&リードの彫り。

●2章 新たなる絵画マッキアイオーリ
今回のメイン・ディッシュ、マッキアイオーリ派の作品です。
が、美術展で配られていた作品リストには「新たなる絵画 マッキアオーリ」と誤植(^_^;)
招聘元でさえこのミス。いかにマッキアイオーリが日本で浸透していないかがうかがわれます。

○「ヴェネツィア」
ヴィンチェンツォ・カビアンカ
DSCN6714 (480x640).jpg
青空の元、赤いクーポラをいただく赤レンガの教会。
なんのことはない景色。しかし、クーポラや壁には強烈な光が当たっていることがわかります。光が当たれば当然できる影の部分。この強烈な光と影のコントラストこそ、マッキアイオーリたる所以。

○「カスティリオンチェッロの眺め」
ジュゼッペ・アッバーティ
DSCN6712 (640x480).jpg
カスティリオンチェッロは、マッキアイオーリ最大の擁護者であったディエーゴ・マルテッリの別荘があった場所で、マッキアイオーリの画家たちはこの地で多くの作品を描きました。背景に海が見えるものの、茶色い土と茶色い壁の家々は、荒涼とした土地という印象を与えます。風が吹けば土埃が舞いそうな乾いた空気まで感じさせます。
石壁に当たる強い夕陽の光、その後ろに伸びる長い影。光と影を描いたマッキアイオーリらしい作品。

○「麦打ち場」
ラファエロ・セルネージ
DSCN6713 (640x480).jpg
青空にもくもくと立ち上がる雲。
麦藁の棒と木に渡されたロープには、洗濯物が光を浴びて干されています。
その下を走り来る犬の躍動感。めがける先は、鶏たち。その後ろには、荷車をつけた牛2頭が陽射しの中じっと立っています。その先には、人の住む民家。
洗濯物に当たる強い陽射しと大地に落ちた犬や鶏、牛と荷車の影がここでもコントラストをなしています。
光と影を描きながらも、この作品は全体的にとても明るく、個人的に一番気に入ったマッキアイオーリ作品でした。
フランス、バルビゾン派から影響を受け、印象派に先駆けて戸外の光を描いたマッキアイオーリ。しかし、その光は、印象派のような穏やかな光ではなく、トスカーナの乾いた空気を通る強烈な光。
ラファエロやダ・ヴィンチの作品からは、たとえ彼らがフィレンツェで作品を描いたにしても、フィレンツェらしさ、トスカーナらしさというものは全く感じられない。
しかし、自然の中で、荒涼とした大地を描いたマッキアイオーリの作品は、目を射るような強烈な日差しとむせぶような乾いた空気まで感じさせ、これこそがトスカーナという土地なのだと観る者に感じさせてくれます。その意味において、彼らこそ正真正銘、フィレンツェの、そして、トスカーナの画家だと感じるのです。
この作品を描いたセルネージは、1年後、第三次独立戦争で命を落としてしまいます。
近隣諸国の侵略からイタリアを統一国家として独立させようとした時代、マッキアイオーリの活動は既存の美術界の権威から独立を目指した画家たちの戦いだったのです。

○「休憩、あるいはローマの荷馬車」
ジョバンニ・ファットーリ
DSCN6711 (640x480).jpg
マッキアイオーリを代表する画家の一人、ファットーリの作品。
ピッティでも見ましたが、やはり一度見たら忘れられない印象の作品です。
草も生えないごつごつした石の道に白い馬が3頭います。
2頭は、幌のある荷車を引き、1頭は鞍をつけていて、背後の男が乗る馬だとわかります。地べたに座り込む男の後ろには延々と続く白い壁。
手前には藁の上に座り込む黒い馬。
ここでも白と黒が絶妙なコントラストを見せています。

今回は来日していませんでしたが、ファットーリは、トスカーナ産の白い牛もよく描いています。牛を描くというより、白い牛に当たる光を描いているといったほうが適当かもしれません。この白い牛は、フィレンツェの名物料理ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナのお肉になる牛です。

額縁は、珍しい銅箔の額。

○「フィレンツェの旧市街の通り」
テレマコ・シニョリーニ
DSCN6721 (480x640).jpg
狭い路地に立ち並ぶ背の高い建物。建物の間から覗く青い空はとても狭い。フィレンツェらしい光景です。
路地の商店と買い物する人々は影になり、建物上部の壁に明るい陽射しが当たり、陽射しを受けて、屋根のひさしが濃い影を作っています。
対象物に当たる光と影がやはり印象的。

○「夕焼け」
クリスティアーノ・バンティ
DSCN6716 (480x640).jpg
夕暮れの木立に、一日の仕事を終えた若い農婦たちが佇んで、沈む夕日を眺めながら一日の疲れを癒しているような絵。
木立の描き方や、詩情溢れる画面からは、バルビゾン派のコローの作品を連想させます。

○「ジュリア・テンペスティーニの肖像」
ジョバンニ・ボルディーニ
DSCN6715 (480x640).jpg
黒いドレスとベールを纏った、黒髪、黒い眉、黒い瞳の女性。黒で引き締められた画面に、意志の強さを感じさせる女性は魅力的。
印象深い肖像画でした。

マッキアイオーリを代表する画家の一人、シヴェストロ・レーガの作品が一点ありましたが、全くの未完成作品で、これではレーガがどんな作品を描く画家かわからないでしょう。
ピッティには彼の代表作「ストルネッロの合唱」があります。こういう作品が来日しないとねぇ・・・。「ストルネッロの合唱」では、室内でピアノを弾く女性、その後ろに歌を歌う女性が二人、窓からはトスカーナの長閑な田園風景が望めます。
2010年の「マッキアイオーリ展」では、母子の微笑ましい光景を描いた、レーガの「母親」が来日しました。
今回初めて見た人には、レーガの印象は残らなかったでしょう。

額は、ビーズ&リード、スコティア、そしてガドルーンの額縁。

●3章 トスカーナにおける19世紀と20世紀絵画の諸相

○「ジョアッキーノ・ロッシーニの肖像」
ヴィート・ダンコーナ
DSCN6717 (480x640).jpg
イタリアの有名な音楽家ロッシーニの肖像画。ロッシーニといえば、このイメージというほど有名な作品。
筆跡の全く見えない描き方が見事としか言いようがない。滑らかな血色の良い顔に恰幅の良い体躯。貫録満点です。
画家のダンコーナはロッシーニと同郷で、ダンコーナの兄弟が、ロッシーニのかかりつけの医者だったこともあり、知己の仲だったそう。

美術展の〆は、この作品。
○「キリストの埋葬」
アントニオ・チゼーリ
DSCN6719 (640x480).jpg
今回の美術展で、個人的に一番印象深かった作品。
画像ではその大きさがわからないのが残念ですが、かなり大きな絵。

DSCN6727 (640x480).jpg
十字架から降ろされ、墓所へ運ばれるキリスト。ぐったりとしたキリストの量感が伝わってきます。

その後ろに続くのは、放心状態の聖母マリアと悲しみに顔を覆いながら付き従うマグダラのマリア。
DSCN6726 (480x640).jpg
このマグダラのマリアの生々しく露出した肩と豊かな長い髪に、色気を感じ、思わず顔をあげてその顔を見せてほしいと思ってしまうほど。きっと美人なんだろうな〜(*^_^*)
キリストの死という最も荘厳な主題にふさわしく、明暗法を用いて劇的な表現で描かれています。
画家の卓越した画力に圧倒されました。
ピッティで「この人を見よ」という大きな作品を見ましたが、それを描いたのもチゼーリ。
画家の見事な画力に感嘆し、こんな素晴らしい画家がいたのだと新しい発見に感激したものですが、チゼーリについて検索しても、短い説明文が2件くらいしか出てきませんでした。またもやマイノリティー・・・。
なかなか卓越した画家だと思うけどなぁ。
こういう画家も、どこぞの美術評論家が再発見してくれて、高い評価をすると、人々はこぞって称賛するようになるんでしょう。

日本では無名でも、また本国でもそんなに知られていなくても、良い作品を残しつつも埋もれたままの画家はいると思います。
人の意見に左右されずに、自分の「目」で見て、自分にとっての名画を見つけたいものだと思います。

posted by ひつじ at 18:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/390984665
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック