2013年03月10日

3.11から2年

http://www.47news.jp/47topics/e/238832.php
明日で東日本大震災から2年。
いまだ福島原発の問題は収束していない。
高濃度の放射性物質を取り除く作業が進められていますが、
それでも全てを取り除けるわけではありません。
汚染水は増え続け、貯蔵タンクが増えるばかり。
廃炉への道のりは40年とも言われています。
いまでも原発の敷地内で被爆の危険とともに作業を続けている人々がいることも
忘れてはいけないと思う。
つい先日も、原木の放射能汚染のため廃業に追い込まれる椎茸農家のニュースを
やっていました。
震災から2年。
天災は終わっても人災はいまだ終わらず。
今後、再び巨大地震が起こった場合、原発が稼働していたらどうなるのか、
一人一人が2年前のあの出来事から学ばなければどうなるだろう。
同じことを繰り返すことになるか、あるいは、もっと手の施しようのないことになるかもしれない。
「喉元過ぎれば熱さ忘れる」では、何も学ばなかったも同然。
しつこいようだけれど、2年前のブログをもう一度載せてみます。


―原発と日本の行方―

ときすでに遅いのか。それとも、まだ間に合うのか―

今回は、桜の花咲く今の季節にふさわしくない話題をすることにします。

東日本大震災によって、地震大国・日本の原発安全神話は脆くも崩れ去りました。
長年、私が危惧していた事態が現実になってしまったのは、本当に痛恨の極み。
カミングアウトすると、実は、学生時代の「自然科学史」の先生の影響もあり、20年以上前から、原発の危険性を憂慮していました。
レイチェル・カーソンの「沈黙の春」、有吉 佐和子さんの「複合汚染」を読んだのも、その先生の授業の中でした。学校からかなり離れた田舎の自宅で栽培したという無農薬リンゴを山盛りリュックに背負って学校へ持ってきて、学生達に食べさせてくださった先生。その先生の科学と自然のあり方への姿勢に感銘を受け、単位を取った翌年も、同じ授業を聴講したものでした。
その先生から教えて頂いた「原子力資料情報室」という調査機関の賛助会員となり、20年ほど前には、原発に関する科学資料を取り寄せて読んでいたのです。チェルノブイリ原発の事故のあった後でもあり、原発事故は他人事ではないのだと痛感していました。


唯一の被爆国でありながら、そして、非核三原則をうたいながら、日本は原爆の材料となるプルトニウムを生み出す原発を現在55基も抱えている。
近年、地球温暖化対策として、二酸化炭素を排出しない「安全でクリーンなエネルギー」という謳い文句で原発の正当性を主張してきた電力会社と政府。
二酸化炭素は排出しないかわりに、放射性物質を放出する「安全でクリーンなエネルギー」。
政府は、今回の原発事故を「想定外の事故」と報じているけれど、人間のちっぽけな脳みそで「想定」できるほど、自然の力は甘くない。それを「想定」できるとタカをくくっていたのは、人間の驕り以外の何ものでもない。
今回の地震が、もし地震と津波だけの被害だったら、復興にかかる時間はもっと早く、「避難区域」の行方不明者の捜索もできたし、救援物資ももっと迅速に届けられたし、放射能漏洩を止めるための費用をそのまま復興に使えたし、農産物や魚を積極的に購入して、被災地の農業や漁業を支援することができたはず。「風評被害」以前に、これが「原発被害」だということを忘れてはならないと思う。
大地震と津波は天災だけれども、原発事故は明らかに人災。それを止められなかった自分が悔やまれる。
地震大国・日本に原発を作るなんて狂気の沙汰と、原発の廃止を訴える署名を集め、政府に送ったことも何度か。しかし、もちろん、当時の政府は耳貸さず。
周囲に原発の危険性を話しても、反対意見もあり、だんだん自分も諦めモードになっていました。人は、最悪の事態にならなければ反省しないのだと思うようになり、原発に対する意見も言わなくなりました。所詮、多くの人は原発のことなど考えずに毎日を暮らしていて、何も起きていない時点で、原発の廃止を訴えても、ただのマイノリティーにすぎないと諦めていたのです。
でも、今回のことで、もしまだ間に合うのなら、いや、たとえ手遅れでも、日本が変わっていくよう、自分のできることを最大限やっていきたいと心底思いました。この人類史上、未曾有の危機にどう対処していくか。それは、今生きている私たちに委ねられているのですから。

現在、被爆覚悟で作業員の方々が懸命に放射性物質の漏洩を止めようとされていますが、そこに含まれるプルトニウム239の半減期は2万4千年。その他の放射性物質の半減期も、数百年から数千年というものもあります。いったん、汚染された土壌がもとの土壌に戻るまでには、さて何年かかるでしょうか。
基準値の数百倍、数千倍という数値が毎日、当たり前のように検出され、それを聞いてもさほど驚かなくなっている私たちの感覚。放射能は目に見えないから、「ただちには」健康に影響がないから、だんだん気にしなくなっていくかもしれません。
でも、目には見えなくとも、3月11日を境に世界は確実に変わってしまったし、これからも変わっていくはず。

地震原発災害は、今回のことで終りではありません。
幸か不幸か「東南海大地震」は、まだ起こっていないのです。この予測地域は、過去において90〜150年に一度、大規模地震が起こっていて、2004年がちょうど150年目に当たるそうです。とうことは、もういつ大地震が起きてもおかしくない状況なのです。
その予測震源地の真上に位置する浜岡原発はまだ稼動中です。今回の事故を受けて、浜岡原発の堤防を高くする計画をたてているそうですが、果たして人間の「想定」が自然の力を超えられるのでしょうか。

怖いから、知らなければ怖くないからといって済む問題ではありません。見ないで済めば、それに越したことはないけれど、そうすることによって本当に怖い現実に直面しなくてはならなくなります。今回の事故のように。
そうなったとき、後悔しないよう、気休めの情報に頼らず、科学的に原子力について知ってほしい。「原子力資料情報室」は、その専門機関です。是非、サイトをのぞいてみて下さい。サイトは、こちら。
その上で、これからの日本が、今まで通り原発を「管理」しながら安全な社会を作っていけるのか、あるいは、今回のことで今までとは変わった社会を作っていくのか、一人一人で考えてほしいと思います。
「地球」という物語は、まだ終わってはいません。それを書き綴っていくのは、私たち一人一人なのです。

posted by ひつじ at 20:46| Comment(0) | TrackBack(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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