2009年10月19日

A rose for Emily〜How the old Mountains drip with Sunset〜

How the old Mountains drip with Sunset
How the Hemlocks burn―
How the Dun Brake is draped in Cider
By the Wizard Sun―

How the old Steeples hand the Scarlet
Till the Ball is full―
Have I the lip of the Flamingo
That I dare to tell?

Then, how the Fire ebbs like Billows―
Touching all the Grass
With a departing ― Sapphire ― feature
As a Duchess passed―

How a small Dusk crawls on the Village
Till the Houses blot
And the odd Flambeau, no men carry
Glimmer on the Street―

How it is Night ― in Nest and Kennel―
And where was the Wood―
Just a Dome of Abyss is Bowing
Into Solitude―

These are the Visions flitted Guido―
Titian ― never told ―
Domenichino dropped his pencil―
Paralyzed, with Gold―

            ―Emily Dickinson(No.291)


古い山々が日没に浸るのはどんなだろう
ドクニンジンが燃えるのはどんなだろう
焦げ茶色のシダが魔術師の太陽に
燃え殻を纏わされるのはどんなだろう―

球体が満ちるまで
古い尖塔が緋色を手渡すのはどんなだろう
おしゃべりをしようとする
フラミンゴ色の唇はあるのだろうか

そして、炎が草という草に触れながら―
大波のように引いていくのはどんなだろう
サファイヤ色の―姿で―去りゆく
公爵夫人のように―

家々を覆い隠すまで
小さな黄昏が村を這うのはどんなだろう
そして、誰が持ってきたのでもない
不揃いの松明が通りをちかちか光らせるのは―

巣や犬小屋の中の―夜はどんなだろう―
そして、木のあるところでは―
ちょうど深いドームが
孤独にうなだれているその場所で―

それらはグイドに飛来した幻影―
ティツィアーノも―決して語らなかったもの―
ドメニキノも金色に麻痺し―
その筆を落としたのだ―
                  (291番/1861年)
posted by ひつじ at 21:46| Comment(4) | TrackBack(0) | 英詩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ひつじさん、こんにちは。
とても難解です(^_^;)
少し解説していただければいいのですが^^

グイドとはバロック期の画家、グイド・レーニーのことですか。
ドメニキノも画家でしょうか。
Posted by sekisindho at 2009年10月20日 00:02
sekisindhoさん、こんにちは。

そうですね、難解な詩ですね。
私も、全てわかっているわけではないので、解説といわれても困るのですが(^_^;)
ただ、日没時の光がどんなふうに地上を満たし、這い、引いてゆくのかという情景が、ディキンソン独特の鋭い言葉の感覚で表されていると思います。
「浸る」「燃える」「燃え殻を纏わされる」「緋色を手渡す」「炎が大波のように引いていく」といった日没の光景。
「サファイヤ色の公爵夫人」「村を這う」「不揃いの松明」といった夜の訪れの情景。
これらの言葉の感覚の鋭さ、色の表現力はディキンソン独自のものです。
ラストのスタンザでは、一流の画家達を登場させ、いかに高名な画家でも日没の光ほどの美を生み出せないはしないと言っているようです。

ディキンソンの詩は理解するというより、感じるものと私は捉えています。
彼女の言葉に何かを感じる人は感じてくれたらいいし、何も感じなければそれはそれでいい。と投げやりで不親切な私は思っているのです(^_^;)

>グイドとはバロック期の画家、グイド・レーニーのことですか。
>ドメニキノも画家でしょうか。

おっしゃる通りです(^^)グイド・レーニのことと思われます。
ドメニキノも、レーニと同時代のバロックの画家ですね。カラッチとともに、ローマのファルネーゼ宮の装飾に携わった画家だそうです。今年の『ルーブル美術館展』にも、ドメニキノの作品が一点来ていましたヨ。
ティツィアーノが詩に出てきたのは、彼の人物画に描かれた髪の色である金褐色を日没の光と対比させたかったからのようです。
以上、ひつじ解説(?)でした〜。
Posted by ひつじ at 2009年10月20日 19:46
ひつじさん、こんにちは。
とても解りやすく解説いただき有り難うございました^^
日没の光景をひたすら思い浮かべながら読み直してみると
少しは解るような気がします。
気のせいかも知れませんけど(^_^;)
「ドクニンジンが燃える」が一番具体的で一番イメージ
できないです。
面白いものです^^
Posted by sekisindho at 2009年10月26日 00:33
sekisindhoさん、返事が遅くなってすみませんでした(汗)
しばらく体調を崩していたもので。

情景をイメージできたようで良かったです(^^)
1,775編もあるディキンソンの詩は、全訳詩集があるわけではなく、翻訳されているのはごく一部。
今回の詩も、専門家の訳詩がない詩だったので、わからない部分もテキトーに訳してしまいました。(だから、よけに読みづらかったのかも(^_^;)
このコーナーを始めたときは、専門家の訳詩に頼るつもりでしたが、最近は自分の訳ばかり載せています(^_^;)

Have I the lip of the Flamingo
That I dare to tell?
の部分は、何回読んでも難解(←一応、ダジャレ(^_^;)
訳も、アヤシイです。
ただ、彼女の言葉の感覚には、いつも新鮮な驚きを与えられます。

Posted by ひつじ at 2009年10月30日 16:47
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